MOTHER

突然の知らせ

2021年3月25日午後2時9分、母が突然旅立った。桜が最高に美しい日だった。3日前に差し入れなどを高齢者施設に持参したばかりだったのに。かかりつけ医から電話があった時、ただならぬものを感じて搬送先の救急病院に駆けつけた時は、もう母の呼吸も心臓も止まっていた。

母とわたしは、とても仲良しだった。一番の理解者だったと言える。それはなぜかというと、わたしたちは性格は違えど、魂の性質がとても似ていたからだと思う。

2020年8月末に、かかりつけ医の勧めで母は高齢者施設で暮らすことになった。楽しんでくれればと願っていたが、母はそこでの生活に馴染むことができなかった。せめて面会できていたら違っていたかもしれないが、このコロナ渦で差し入れと電話だけがコミュニケーションの手段となった。しかし、その電話でさえ、亡くなる1ヶ月半程前から全く出てくれなくなった。古い脳梗塞の後遺症が突然出たのか言葉をうまく発声できなくなっていたのは確かで、そのせいかどうかは分からないが、とにかくわたしや弟が電話を掛けても一切出ないのだ。そしてわたしは、この「母の不在」で、それまで必死になって母に「生きる喜び」を送ろうとしていた気持が、一つの諦めに変わったことに気づいた。

今から思えば、母は、ある時点で自分の死期を悟り、わたしが母の不在に慣れ、悲しみが少しでも小さくなるよう、敢えて不在の時期を作ったのではないかと思う。なぜって、ホームの看護師さんに母が全然電話に出ないことを訴えると、『お母さんはいつも、ちゃんと携帯の充電をして、そしていつもポシェットに携帯を入れて持ち歩いてるんですよ。』と教えてくれたからだ。

サイキックマザー

ここからちょっと不思議な話になるが、実は母は、いわゆる霊感の強い人だった。会ったこともないわたしの知人が本当はどんな人かと言うこともわたし以上に分かっていたし、その兆候もなかったのに、脳梗塞になる数年前から自分は脳が悪いと思うと予見していた。入院中は身体から出て、自分の寝ている姿を外から見ている自分に気づいたこともあるらしい。どうしてそんなに色々分かるのか聞いたら、「神さんが教えてくれる」と。そして母は『一人で死にたくない。私が死ぬ時はみんなも死ぬ時やねん』とコロナのコの字も無い時に良く言っていた(それって、今の状況分かってたのかな?)ちょっとスゴくないですか?!

そしてわたしに起こった現象

母が亡くなった日の朝、わたしはいつものように出勤前に瞑想していた。すると、ガイドからのメッセージが来た。内容は『遅れないで』『探さないで』だけ。なんだろう?仕事に遅刻はしないし…。と不思議に思った瞬間、「今日は長い日になる」と直感した。だから、猫さんのフードを多めにしてあげて家を出た。結局、死に目には会えず「遅れた」ことになってしまったが。

母が亡くなって数日後、わたしの苦境に今も伴走してくれているロルファーさんのセッションを受けていたところ、施術台の左下角、わたしの左足の先に誰かがいる感じがしてしょうがなかった。終わってから先生にそれを告げると、なんと『知ってる。私も見てた。でも、こんなこと言うたらあかんかなと思って言えへんかってん』と!!!!!!!その誰か、が黒い影のように見えたこと、別に施術を手伝うわけではなく、ただ見ていただけ、という点も二人の共通の認識だった。そしてわたしは、実は2、3日前から家にいて寛いでいるとき、背中側を黒い影がさっと数回通るのを感じてはいたものの、気のせいにして片付けていたことを思い出した。(※上記の左下角なんですが。わたしの記憶が確かであれば、例えばベッドや布団に誰かが寝ていると想定して、布団等のどの場所に立てば、その寝ている誰かに一番自分の”気配”を感じさせないで済むのだろうかという話があり、それの一応の正解は寝ている人の布団の左下角らしいです。これはある整体の先生に教わり、実際、みんなで実習してみて、やはりそうだねと納得していたのです。が、そんな”気配”が消えるところに気配バリバリとは…肉体がないからでしょうかね。そう言えばヒーリングの実習の時も、誰もいないのに絶対いた!と感じたシーンがあり、それも左下角でした。きゃあ、怖い?わたしは母だと思えば怖くないです)

この黒い人は職場にまで現れた。わたしの様子を見に来ている人でない人といえば、やはり母しかいないのだ。黒い人が現れたのはこれが最後だった。

そして今朝、とても象徴的な夢を見た。高台に学校のような建物があり、そこにはいろんな人々がいて、大体子供とその保護者のように一人ひとり付き添いがいる。外には美しい海が広がっている。夢の中で母の姿は見えないものの、そこに存在しているのは感じる。この夢の自分なりの解釈だが、どうも母はこれから霊性の学びの時に入っていくらしい。付き添いというのは母のガイドだ。そして、海は、あの世とこの世の境目(三途の川ではなく、グローバルにね・笑)だと。

母は、病院で『ご臨終です』と医師に告げられた時からの手配も完璧だった。通常、死因が分からないと解剖にまわされるそうだが、母のかかりつけ医先生はご自分のクリニックがおありなのだけれど、その病院でアルバイトもされていたため、主治医として老衰と書いてもらうことができた。葬儀会社は病院から徒歩3分の場所にあり、『探す』必要がなかった上、自宅から徒歩5分という至近距離。そのほか色々タイミングが良く、本当に助かった。(ご経験のある方はお分かりかと思うのですが、身内の葬儀って、それでなくても動転して弱っているのに色々決めなくてはならないことが多くて本当に大変ですよね。)

母はこうして、いろんな形で愛とメッセージを送ってくれていると確信しているわたし。

まあ、自分にできることは全てやったし、正直、もっと優しい言葉を掛けてあげればよかったとも思うけれどまずまず悔いはない。この乱世、ますますカオス的状況になっていくのは間違いないし、誤解を恐れずに書けば「母を宇宙で最も安全なところに送り届けた」という気持ちにさえなっている。(だから、悲しくも寂しくもない、とは言えませんが)

肉体は滅んでも魂は生き続ける。それを、最愛の母より教えられています。