Takakoです。そういえば最近、シネマに行っていないと思い立ち。ウェブで探すと丁度
いい時間帯に『幸福は日々の中に』という映画が見つかりました。サブタイトルが「普通」という曖昧な海を泳いでいるみんなへ。これは障がい者施設の日常を映したものなのですが、わたしは正直、ハンディキャップのある人々をテーマにしたストーリーが苦手でした。

製作者側の意図がお決まりのような予感と、それを判った上で観てみた場合の、いわゆる
”普通の人”として感じるであろう微妙な心境、居心地の悪さ。そして、それらを持て余し、
どうすることも出来ず立ち往生する自分が薄っすら観えるような気がしていたのです。

しかしこのドキュメンタリーはそんな視線からは遠くはるか離れ、彼らの日常を淡々と映し出しているものでした。さながら、モノトーンと鮮明な色合いが交差する、ひとつの静的なアート。そのフィールドの上で、うわーっと溢れ出し躍動するエネルギーの渦たち。それらが今にも飛び出しそうに広がり、感覚として沁みこんでいく美しい映像。

様々な個性の彼らはまるで野生の動物のよう。ぐるぐる回ったり真っ直ぐの線を描き続けたり、自由自在にズレながら刺繍針を操ったり楽器を叩いたり。歌ったり踊ったり。純粋というか、意図がない。さっき動物と書いたけど、意図がないという意味で、ただ咲く花のようにも想え。そして花は、奇跡のように美しく完璧です。

彼らの作品は、どれもみな事前の計画や考察がない、即興制作。不思議な力と美しさに魅せられます。実は、このしょうぶ園のポリシーは、指導しないことなんだとか。学園長の福森氏は「施設で訓練を受けて、”ノーマライゼーション”という名のもとに一般社会へ飛び出させるのが良いとは思わない。むしろ、彼ら自身が『幸せだ』と感じる場所で『幸せに生きていく』ことが大切なのじゃないか」と語ります。そして、「僕たちは、彼らに社会の秩序というものを教える立場ではない。彼らから精神的な秩序を学ぶべきだ。」と。わたしはそれを「アリ」と捉えました。そう、ーそのままでいい、何も学ばなくていいー のですね。

学園長は続けます。たとえば、がんに罹ったとしても。
「ぼく、がんなんだって。イェーイ!」
でも、痛い。薬を飲んで痛みが治まったら「痛くなくなった!イェーイ!」
というふうに、その日その日を心配や不安なく生き、最期を迎えるそうです。

生きものとしての人間、生かされていることの不可思議なダイナミズム。
ただ、生きていていいんだよと教えてくれる、圧倒的な偉大なるものの存在。

そうそう、この学園では職員の皆さんと彼らスペシャルなひとたちがバンドを組んでいて、その演奏が非常にお洒落でカッコよくて。圧巻です。

どうぞ自由な、あなたの目で、耳で、肌でこの映画の空気を感じてみてくださいな。