怖れを手放し、愛を受け入れると、すべてがシンプルになる

Takakoです。お盆もとうに過ぎたというのに、まだまだ猛暑が続いていますね。また今夏は大阪北部地震に続き、全国での豪雨、台風など何だか自然現象なのか何なのか分からない災害が続いています。被害を受けられた地域の皆さまに、謹んでお見舞いを申し上げます。

最近のワタクシ

なかなかブログを更新できないでいましたが、わたしのほうはお陰様で元気に過ごさせて頂いております。そして日本を襲った、ある意味カオス的なエネルギーの影響もあるのか、自分のエネルギーが大きく変わったと捉えるしかないように遭遇し続けている様々な出来事の体験者として、驚きと喜びに満ち溢れています。何ていうのか「自分の視点や捉え方が変わると、世界がガラリと変わる」ことを身をもって体験し続けているのです。些末なことですが、たとえばわたしは元々軽いくせ毛なんですね。だから梅雨時などとても憂鬱だったんです。そう、髪の”ぐねり”が。そして言いたくはないですが、そのぐねり具合は年齢が高くなるにつれてひどくなる(泣)そうで。でもある日、鏡を見ていて急に、自分のぐねり毛が(結構いいじゃん♡)と思えた!のです。無理に真っ直ぐにする必要ないなと。そして自然にくせ毛を受け入れる心の準備が整ったと同時にカットの予約日が訪れたので、素敵なわたしの美容師さんにそれを告白しました。すると大賛成していただき、くせ毛を活かしたヘアスタイリングの提案を頂いたのです。それが超カンタン!髪を湿らせてオイルをパッパとつけるだけですよ?!… 小さい?(笑)でも、たとえばわたしと同じように髪のぐねりに悩んでいる女性にとっては(もしわたしと同じマインドステイタスであれば)世界がひっくり返るくらいのことだと想います!

そのほかの変化

そのほか、IT関連(Google AdSenseなど)の審査も(わたしは、アフィリエイトというものを少し取り入れています。今後は、自分が実際使ってみてイチ押し!と感じたものを紹介させて頂くかも知れません。その際はぜひ、応援をお願いいたします。不快な方はごめんなさい、スルーしてくださいませ。)難関と言われているようですが、数時間で通りました!し、お仕事のほうも『こりゃー大変だ。時間かかるし難しいかも!(恐)」と思っていると意外と簡単にできたり。そして、欲しいと想ったものや出来事とシンクロして、すぐに眼の前に現れたりする頻度が高くなりました。

一言でいうと、何もかもシンプル、カンタンになった

それは、自分の視点や捉え方が変わったから

どう変えたかというと、怖れを手放すようにした、ただそれだけ

怖れを手放すこと

そう、今でもまだまだ怖れのレイヤーはあります。けれど、少しずつ心の鎧を解くように、手放していきませんか?今まで、何かをする前から経験則で「もう~…むっちゃ嫌!面倒くさい」、「出来なかったらどうしよう?」と、始める前からネガティブ気分ではいませんでしたか?フレッシュな気持ちで始める代わりに? または「出来なかったらどうしよう。笑われるだろうな。バカだと思われるだろうな。のろまと思われるだろうな。」と『むしろうまくいかなかった場合を想定して、そしてそれが考え方のベースになっていたこと』に気が付いていましたか? それはまさに、自分へ予め呪いをかけること。それでは皮肉なことに『自分が失敗するように』宇宙にお任せすることになってしまいます。それでわたしは、恐怖から発せられるものではなく、愛から、そう、安心感や信頼に基づいた心持ちから始めよう、と努力を始めました。それから自分を、そして他者を信頼することも。あんなことになったらどうしよう、と常に最悪の事態を想定し、そうならないためにはいつも注意怠りなく自分を守らなければならないという考え方を捨てると「誰も助けてくれない。」と自分で勝手につくった孤立幻想から出やすくなります。

愛か、恐怖か

何かを選択したり判断したりするときのベースは、究極シンプルに言えば、愛に根ざすものか、怖れに圧倒されてのものかのどちらかになるといいます。そしてわたし達のほとんどにとって、教育や環境により刷り込まれた恐怖がベースになっています。たとえば、失敗したら笑われるかもしれないという恐怖。自分の存在を揺るがすかもしれない誰かに嫉妬心を感じること。それから、結婚していないと世間体が悪いとか。あと、医師が下した診断を鵜呑みにすること。お医者さまの一言一言は、大抵の場合、十分な(そして不必要な)威力をもってわたし達を時折、奈落の底へ突き落とします!(突き落とされたら、あとは病院のベルトコンベアーに乗り、恐怖におののきながらデータに基づいた治療が始まります)このあたりのことはアニータ・ムアジャーニさんの『喜びから人生を生きる! ― 臨死体験が教えてくれたこと』に詳しく書かれています。

それから、わたし達日本人は「みんなと同じであること」に気を使いますから、何か決めるときも、普通に合わせたり。それはある意味、楽ではありますし、そこまで重要な問題でなければ中途半端に異議を唱えて”和”を乱すこともないでしょう。実際”世間並み”という指標に合せてさえいれば人から後ろ指をさされない、もっと言えば”常識のある賢明な人”として生きていけるからです。 そうしてさえいればいい。そうすることで周りから浮いたり阻害されたりしない安心感みたいなものも、今ではあって当たり前になっているから、それを今から変えるのは「怖すぎる」のかも知れないけれど。

もっとカンタンにしよう

でも、どうなんでしょう。以前、こんなこともありました。いわゆる『スピ系職業』(わたしは、この言葉やこの風潮を決して良くは思ってはいません。)のベテラン大人女子で、結構ファンもついていそうな人だったんですが「”スピリチュアル”って怒っちゃいけないの?!でも、私はめっちゃ腹立つ~」と。いい歳をした大人が、誰が決めたかもわからないような、しかも有り得ないルールを引用することに、愕然としました。いいですか。怒る時は怒ってもいいんです。言うまでもなく『スピ系』でも。冒頭の災害の話にもつながりますが、直感では危険だと知らせているのにニュースで安全だと伝えているのでそれを信じて逃げない、つまりいざという時、自分ひとりでは決定できない、という事態にもなりかねないのじゃないでしょうか。逆にいえば、昔流行った、「みんなで渡れば怖くない」みたいな。それ、いい加減やめようよ、日本。

話をまとめます。もっとシンプル、カンタンにしませんか。愛で。そして愛は何よりも、自分を愛することから始まります。

本日もお読みいただきありがとうございました。また、おつきあいくださいませ。

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